連日多忙で、このコラムを更新する時間と意欲が沸かなかったのですが、友里氏が頑張っていらっしゃるので、ユウキも少しだけ頑張ろうと思います。
友里氏はさておき、ユウキに関しましては本当に素人ブロガーであります。 自分の感じたことをありのままに書くだけのスタンスで、このコラムは今後も継続していきます。 もちろん皆さんがご指摘のように、ユウキの文章により「いいかげんにしろ!素人が!」と不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんが、自分の書く文章に嘘は書けません。 もし皆様が仮に、「あたりさわりのない記事だけを書け」とおっしゃっても、それに応える理由が見当たりません。おそらく友里氏も同じような理由でコラムを更新されているのだと思います。 「自分の正しいと思うことを書く。」「自分の間違っていると思う事を書く。」 この2点以外、ユウキに出来ることはないのです。 さて、いきのむしさんから長文のコメントをいただきました。 「なーんか、一面的な物の見方ですね、というか… 「世の中の仕組み」を理解していれば、美味い不味いをはっきりと出版物に書くのが難しいことくらい分かるはずなのですが……」と、書いてあります。 ユウキは意図的に一面的な書き方をしています。 さて、いきのむしさんのおっしゃる「世の中の仕組み」とは何でしょう? 無知なユウキに説明いただけると有難いのですが・・・ 「それとも、すべての業界のレビュアーは商品のいいところも悪いところも分け隔てなく、 ズバッとストレートに書いているとでも言うのでしょうか?」 いやいや、書いていないからユウキがコラムに書いているのです。 「来栖氏が書いた当時の評価としては妥当なもので」 どこの誰が妥当と決めるのでしょう?? いきのむしさんのおっしゃりたいことは大体分かりますが、「世の中の仕組み」とやらが、もし店側に都合のいいことしか書かないという事であるならば上記の理由で、ユウキはそれに従うことを拒否します。それこそ「一面的な物の見方」だと考えているからです。 日本という国には幸いにして、「日本国憲法第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」という法律があります。 「自分の正しいと思うことを書く。」「自分の間違っていると思う事を書く。」自由が保障されているのです。 本当に「世の中の仕組み」を理解していれば、美味い不味いをはっきりと出版物に書くのが難しい」ならば、友里氏はその難しい事の出来る希少な存在です。 ユウキは、これからもそんな友里氏を支持していこうと考えています。
過去に田中康夫氏が、神戸震災時に行ったダイエーの商売を批判したことがありました。
中内オーナーの時代です。 ダイエーは名誉毀損で訴えると脅したようですが、結局訴訟をせず、田中氏の某雑誌連載を中止させるという暴挙に出ました。 何故ダイエーは訴訟をおこさなかったのでしょう?田中氏が書いた記事が「真実」だったからです。 田中氏は圧力に屈せず、事の顛末をすべて自著に書きました。(今回のオカザワ氏と友里氏のように・・・) 「大人の週末」にも覆面調査団というコーナーがあります。 編集部には料理店からと思われるクレームが多々あるようですが、読者はこのコーナーを楽しみにしているのです。 何故でしょう? 「読者は真実(ドキュメント)を求めている。」ということです。 さて、友里氏やオカザワ氏に対して料理店は何故か訴訟を起こしません。 何故なのか? 彼らが少なくとも嘘を書いていないからです。 もし彼らが嘘を書いているなら(その立証が可能ならという前提において)、料理店側が間違いなく勝つでしょう。 (芸能人らがメディア相手に名誉毀損で勝訴している事例は、この嘘が立証できたケースです。) しかしながら、その立証がなされなかった場合、料理店の損害は金銭的なものだけですみません。それこそ裁判の顛末や裏話をライターにすべて書かれ、店側のイメージダウンの大きさは計り知れません。またその裁判にかかわる労力も大変なもの、ライター側がネタにできるのに対して料理店側は仕事に集中できなくなりロス以外のなにものでもありません。 2chを初めとする匿名掲示板で個人の中傷や、個人情報の書き込みは罰せられます。 しかし、店でありライターへの中傷を罰することはできません。(これが明らかに真実と異なるという立証が可能な場合は、削除できる。) 何故か?店は公のものとみなされ、店主、料理人も公人扱いされるからです。 店を構えている以上、自店にとって有益な記事は認め、不利益な記事は掲載の中止を依頼するなどという虫のいい話はまかり通らないのです。 有名税という言葉があります。マスコミに登場するならここを覚悟しなければいけません。 叩かれたくないなら、一切のメディアに登場しなければいいし、雑誌の取材を一切拒否すればいいのです。 リスクなく得を得ようなんて、決してまかり通らないのです・・・・ もしライターの書いた記事に反論があるなら、自店のHPで堂々と述べればいい。 ただし詭弁を弄すれば、賢い客には「真実」が見えてしまいます。 あくまでジャッジは、読者であり、純粋な客側の人間がくだすのです・・・・
http://feadoma.at.webry.info/200606/article_4.html
フェア・ドマ松橋氏。いいじゃないですか? (何故か文体がオカザワ調になっていますが・・・・) この人憎めないキャラ。 血の気が多く、大人げ無い事をブログで書きまくる割りに、とっても気が小さい方。 オカザワ氏より数段上手な友里に無謀にも喧嘩をしかけ、「こんなことしても損になるだけ。」と、わかっていながらブログに不満を書きまくってしまう・・・・ 実は、オカザワ氏と松橋氏はとても似たタイプの人間。 オカザワ氏も血の気が多く余計な事を書いてしまうのだが、あの変な文体とおやじギャグで何故か憎めないタイプ。 友里氏は実は、オカザワ氏も松橋氏も嫌いではないはず。 辛らつな文章の行間に、少しの愛着が見えるのが賢明な友里読者ならわかるだろう・・・・ 松橋君、愛情と憎悪は表裏一体なのですよ。気をつけないと・・・・ どうもあなたは、世渡りが下手なようですが、多弁で墓穴を掘りまくるあなたを私は憎めません。 どうのこうの言われても、頑張ってフェア・ドマを、偽装満席でなく本当の連日満席にすればいいのですよ。 PS:それから席が空いて満席の表示の賢い言い訳は、「食材が切れてしまい、やむなく常備してある満席の表示を出してしまった。」でかわせます。 頑張れ!!マツハシ!!
フェアドマVSオカザワ(http://www.tomosato.net/参照)の一部始終を読み、さらにフェア・ドマの松橋氏のブログを読んで、コラムにおいてとても興味深いテーマなので書いてみようと思う。
「ですから、私は私が命がけで営んでいる自分の店を自分と違和感のあるオカザワ氏に書いてほしくはありません。個人の方のブログであろうが、プロの文筆家による出版物であろうが、相手に対する最低限のリスペクトなくして相手に対する評論が成り立つはずがありません。それでは実際物言わぬ相手に対しての一方的な暴力です。」松橋氏のブログより・・・ 何かユウキのコラムのコメントで見かけたような文章ではあるが、それはさておき松橋氏の矛盾について書いてみよう。ここで「物言わぬ相手」と自分のことを書いているが、ブログでこれだけ書いておきながら「物言わぬ」と書いている感性にまずは驚いてしまう。松橋氏が書いているように料理店の反論、大いに結構じゃないですか?しかし、反論と罵倒はまったく違う。「バカ野郎。」なんていう言葉を使った時点で松橋氏の反論は反論でなく、「自分にとって不利益なことを書かれた事に対しての報復行為」になってしまう事に気がつかないのだろうか? そして、「個人の方のブログであろうが、プロの文筆家による出版物であろうが、相手に対する最低限のリスペクトなくして相手に対する評論が成り立つはずがありません。」と書いている。 「相手に対する最低限のリスペクト」とは何でしょう?新聞や雑誌で書かれている批判の対象の人物に対して、ライターは「相手に対する最低限のリスペクト」をもちながら書いているのでしょうか?むしろリスペクトに足らない、もっと厳しい言い方をするならば、淘汰されるべき人物に対して批評する事もあるでしょう? オカザワ氏は松橋氏のスタイルを批判、糾弾したのでしょう。 批判、糾弾に対して「一方的な暴力」というのならメディアなんてほとんどそうです。 少なくとも松橋氏がやらなければならない事は、批判をバネにして「いい料理」「いいサービス」をお客様に提供する事だろう。ブログで常連に励ましてもらう事では決してない。ネガティブな意見に蓋をする人(さとなお氏など)を多く見かける。本当に大切なのはネガティブな意見に耳を傾け、いつでも謙虚に自己批判を繰り返す勇気だと思っている。 「批評家に成り下がる。」という言葉があります。松橋氏は(ユウキを含めた)そんな連中の批評をまともに受け、自分自身が批評家に成り下がっていることを認識すべきだろう。料理人は別の次元で勝負すべき。ただしそんな批評が、隠蔽された事実や裏の顔を暴くことが多々あり、多くの人を救う事があるのもまた事実であることも、松橋氏は認識しなくてはならない。
「客は料理人を食いに行くのではなく、料理を食べに行くのですから、料理人の性格が悪くてもその料理がおいしければかまわないと思いますが・・・・」
先の「リストランテヒロ」山田宏巳逮捕・・・の記事に寄せられたコメントだ。 このコメントだけを拾えば、あながち間違ってはいないだろう? その後に「それとも大麻を吸って作った料理は味がおかしかったということなのでしょうか。」 とコメントされている。 このコメントには正直驚いた・・・・ 極論をいうならば、人殺しの作った料理でもおいしければ褒めて問題ないという事なのだろか?犯罪者でもおいしい料理はつくれるはず、そんなことは書かなくても皆わかっているでしょう?大体うまいまずいなんて、人それぞれ尺度が違うのでそんなことを議論しても意味はない。 一番の問題は、山田宏巳氏の営業姿勢である。 まずどんな職業であるにせよ、(あたりまえのことだが)法を犯してはならない。 そういったルールの守れない人間は、料理の評価すらしてもらえないのが社会というものだ。 これだけ知名度の高いシェフが、もしコメントの通り大麻を吸ってもうまい料理をつくれればいいなんていうメンタリティーの持ち主だったとしたなら、彼に憧れる若い料理人達への悪影響は深刻だ。人格の問題は、料理よりも大切な問題なのである。 もし「客は料理人を食いに行くのではなく、料理を食べに行く」という言葉が本当なら、犯罪者の料理でも客はおいしければ食べるというだろう。 もしいきつけの店のシェフが「レイプ魔」だったら・・・「麻薬常習犯」だったら・・・「人殺し」だったら・・・ いくら料理がおいしくても客足は途絶えるだろう。 決して「客は料理人を食いに行くのではなく、料理を食べに行く」とは限らないのだ・・・・・
前にも書いたが、私の大嫌いな山田宏巳氏が大麻所持で逮捕された。
私が彼を嫌いになった原因は、あるテレビ番組で野崎氏の包丁を勝手に使い、刃をがたがたにして「怒られるかな?」などと能天気な事をほざいていたのを見た時から・・・ 包丁は料理人の命。人の包丁を勝手に使うなんていうとんでもないメンタリティの持ち主であり、利益の為にどんどん多店化を繰り返す私のもっとも嫌いな料理人の一人。 その料理人を持ち上げ続けたメディアの責任は重い・・・・ メディアは使い易い(演出の為に言うことを聞いてくれる)料理人を使い、例え偽者でも、視聴率が取れればいい世界。 「魂のスプーン」、「料理の鉄人」なんていうプロレスショーを丸々信じてはいけない。 料理人はメディアに使われるのでなく、メディアをうまく利用しなくてはならない。 第二、第三の山田宏巳にならないように、肝に銘じるべきだ・・・ そして、店を持ち上げるだけしか能のないグルメライター達も、こういった社会的に問題のあるシェフをプレゼンする罪を大いに感じて欲しいものだ・・・・
どのジャンルにも専門家という人種が存在する。
そして一般的に、この専門家なる人間の語ることを盲信してしまう傾向にある・・・ 例えば、何度も取り上げている来栖けい氏や、犬養裕美子氏が食べ歩いた店の数が多い=この人たちの勧める店はおいしいという先入観にとらわれてはいないだろうか? 知識量や経験というものは、確かに物差しとしてはある部分有効かもしれない。 しかしながら、この知識量や経験が不要な先入観を植え付けてしまい、公正なジャッジがくだせなくなることも事実。 そして一番厄介なのが、自分の舌というものに対して絶対的な過信をもっている専門家がとても多いことである。 前にも取り上げた古川氏の知識量は半端でない。この部分に対しては敬意を表するが、コラムを読むとこの膨大な知識が、余計な先入観を古川氏に植え付けているように思えてならない。 例えば、(これは古川氏が直接取り上げている話題ではないが・・・)天然鰻は養殖鰻よりおいしいという先入観。(東京の鰻の蒲焼に関しては、私は養殖の鰻の方が好きである。)生のマグロの方が、冷凍マグロよりおいしいという先入観。(私は冷凍マグロのほうが好きである。) 前にも書いたが、「支払額が高くなれば、いい食材に当たることが多くなるので、必然的に美味しいものは高価にはなる。」という間違った先入観が古川氏のジャッジに大きく影響していることは否めないだろう。天然うなぎも、生の本マグロもふかひれもトリュフも希少なことが値段の高い理由である。決しておいしいから高いのではない。ヴィンテージワインもそうだ。 古川氏のような方の不用意な発言のお陰で、限定品とか一日何食限定という、店側の釣りにひっかかる消費者が増えることになる。 確かに、おなじジャンルでおなじ傾向の店という但し書き付きならば、たしかに高い店の方がおいしい確率はあがるかもしれないが、もしおいしくなかった場合の落胆も大きくなる。古川氏が影響力の高い有識者であるだけに、この辺りのことも少し考えていただきたいものだ・・・・ そして食べ歩き自慢の前者たちの経験が、意外と役に立たないことはこのコラムの読者の方達ならすでに周知の事実であろう。 先入観や余計な知識が、時として味覚という一番大切な感覚を鈍らせることも頭にいれておくべきではないだろうか?
どんな飲食店でも、利益を上げることは大事。
果たして利益さえ上がれば経営者は満足なのか? 短期でバンバン宣伝して利益を上げ、売り上げが上がらなくなったら閉店して他の場所に出店する。この繰り返し、これは内容が薄っぺらい証拠・・・ 儲かればそれでいいのだろうか? 商社等が経営している飲食店やチェーン店などは、正に利益至上主義がほとんど。 「お客様の為」でなく「自分達の為」に経営を行っているにすぎない。 まず、どんなお店をつくりたいのか? どんな料理を出したいのか? いい内容でCPがよければ、工夫次第で繁盛店にできるはず・・・ まず、ヴィジョンありき・・・・ 料理人は札束と向かいあわず、料理と向かいあうべきではないか? どんな料理、サービスが自分の理想なのか? 時間はかかるだろうが、ゆるぎないものは確固たるヴィジョンなくしては決して創れない。 金のもつ魔力に惑わされてはいけない。 小さな一つの暖簾を守ることは、決して容易いことではないはずだから・・・
外食産業もそうだが、「お客様のために・・・」「お客様第一の・・・」等々の客寄せ用コピーをよく目にする。
本当にいい店は、過剰な宣伝はしない。 なぜなら内容がよければ、口コミだけで集客ができるからだ。 国分寺「うな八」 や「神田笹鮨」のサイトもそうだ・・・ やたら多弁だが、自分の店に本当に自信があるなら理屈をこねる必要などまったくない。 「食べてもらえば分かる」でいいのである。 「神田笹鮨」もJ.C.オカザワ氏に叩かれたくらいで、過剰に反応するなんて器が小さいにも程がある。 「こだわりの・・・」「最高の素材を最高の料理人が・・・」 宣伝の常套手段である。ただし身の丈以上の宣伝は、逆効果になるだけ。 期待が大きければ大きいほど、落胆の度合いも大きくなるということを、店主は肝に銘じるべき。 偽者に惑わされない為に、過剰な宣伝には気をつけなくてはいけない・・・・
先日の友里氏のコラムを勝手に補足。
まず、「天現寺亭」は正に東京のオーソドックスなスタイル。 自分で焼く楽しみが味わえる、気楽に予約なしで入れる店。 「のろ」は島田紳助の出資している店。 大阪人の好みそうなハッキリとした味付けで、大阪の「うず」にとても似ている。 東京版「うず」といっていいだろう。 人気なのは、あれだけ紳助がTVで宣伝すれば当たり前・・・ さて問題は、「ぼちぼち」・・・ ここは似非大阪風。 この手の店が多くて困るが、先に紹介した「三輪」や「のろ」は本当の大阪が味わえるので、 好みは別として一度行く価値はある。 しかし、「ぼちぼち」のねぎ焼きを食べて驚いた。 ソース味なのである。 ねぎ焼きは醤油味でなければと考えるのはきっと私だけではないだろう? (最近スタッフに大阪の女の子が入って醤油味に変えさせたとの事・・・) しかも牛筋も入っていない・・・・ 表面だけ大阪をまねるなら「大阪風」という看板は下げるべきだろう・・・ 「大阪風」「京都風」・・・・・ 店主は言う。「あくまでも風ですから・・・」 意図的に誤解を招くような表記を行っている偽者を認めてはいけない・・・ < 前のページ次のページ >
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